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大江健三郎、小田実、井上ひさし、加藤周一、澤地久枝、三木睦子、鶴見俊輔、奥平康弘、梅原猛

「九条の会」メールマガジン記事の詳細 (第6号)

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(第1〜5号)

第7号こちら
発行元:「九条の会」メールマガジン編集部
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☆☆☆ 「九条の会」メルマガ詳細版   2006年7月9日 第6号 ☆☆☆
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憲法9条、いまこそ旬
<転送歓迎> 転送を受けた方はぜひ右からご登録を http://www.9-jo.jp/  発行者:mag@9jounokai.jp

全国交流集会・全体会のビデオとDVDが完成しました
収録内容=「九条の会」よびかけ人のあいさつ(三木睦子、鶴見俊輔、澤地久枝、加藤周一、小田実、大江健三郎)

     各地・各分野の発言
新潟・九条を守る阿賀野の会、千葉・小金原九条の会、沖縄・大学人の会、大阪・府立夕陽丘高校九条の会、神奈川・横須賀市民九条の会

時間 85分 定価 1300

申込み先  プラス・ワン  Tel 03-3835-1210??? Fax 03-3835-1520


映画人九条の会学習集会

7月19()18:45〜

「改憲」はどこまで来たか?

場所/東京・文京区民センター2A

参加費500円

講師/桂敬一(立正大学講師)+美浦克教(MIC議長)


映画人九条の会 「蟻の兵隊」上映会&池谷監督・山田朗対談!

日時/2006年9月15日(金)18:4521:00

場所/東京・文京シビック小ホール

参加費1200円(前売券1000円)


(岩手県)滝沢九条の会

民話の語り「9条の会」滝沢公演

06年7月30日(日)午後7時開会

会場  柳沢コミュニティセンター

参加費 一人700円(中学生以下無料)

日本国憲法 江戸弁 望月新三郎、岩手弁 赤羽目喜美子

まちんと   (松谷みよ子作)     赤羽目喜美子

おいでおいで(松谷みよ子作)      望月新三郎

帰ってきた息子(小沢清子作)      松尾 敦子

200人の盗賊(水谷章三作)       水谷 章三

嫁 姑     (山梨の民話)     藤巻 愛子

ほか

このたび、日本民話の会(事務局長 水谷章三)の有志でつくる“民話の語り「9条の会」”の協力を得て、滝沢公演を開催いたします。 “語る”皆さんは、どの方々もテレビ出演や作家として作品が教科書に採用、民話の語りの講師をつとめるなど第一人者の方ばかりで、またとない機会です。

ぜひお誘いあわせてご参加ください。

 

(終了後、柳沢の“ホタルを見たい”希望者にはご案内します)

主催  滝沢九条の会  代表 沼田稔   事務局長  吉田格 0196845537
    民話の語り「9条の会」
   代表  望月新三郎 事務局は東京都昭島市内に

九条の会全国交流集会をマスコミはどう報道したか

<「東京新聞」6月11日>

改憲阻止へ情報交換

「九条の会」全国交流集会

改憲に反対して作家の大江健三郎氏や沢池久枝氏ら九人の文化人が呼びかけた「九条の会」が十日、発足二周年を記念して東京都新宿区の日本青年館で初の全国交流集会を開き、約千五百人が集まった。
 文化人らの呼びかけで二〇〇四年六月に発足した同会は、全国で講演活動などを重ね、賛同者を募ってきた。この間、地域や職業などごとに「九条の会」を掲げる護憲グループが誕生し、現在、五千二百近くがそれぞれ独自に活動している。  各グループの情報交換や交流を目指した全国集会では冒頭、呼びかけ人のうち六人が参加して活動の広がりを振り返った。故三木武夫元首相夫人の三木睦子氏は「戦争を知る年寄りばかりで始めたが、若い方が大勢応えてくれてうれしゅうございます」とあいさつ。大江氏は「憲法も、憲法の理想の実現は『教育の力』とした教育基本法も守りうるか分からない。だが、少しずつ声を発していく」と話した。

 各地のグループによる活動報告では「従来の護憲運動の枠では、改憲の動きを押し返せない」との焦燥感をにじませる声も上がったものの、知恵を絞った取り組みが紹介された。

<「毎日新聞」6月11日>

九条の会が初の全国集会
  戦争放棄をうたう憲法9条の堅持を訴える市民らでつくる「九条の会」が10日、2周年を迎え、東京都新宿区の日本青年館で初の全国交流集会を開いた=写真。運動は全都道府県に広がりをみせており、約1500人が参加した集会では、地域や職種ごとの「九条の会」が5174に上っていることが報告された。呼びかけ人の一人で、評論家の加藤周一さんは「改憲勢力は議会の多数派だが、国民多数の支持は得ていない。想像力を働かせ、9条を守るために何ができるか考えたい」と訴えた。評論家の鶴見俊輔さんは「私はもうろくした老人だが、戦争を起こす文明に対して『もうろく人』として反対していきたい」とユーモアを交えて語り、会場を沸かせた。

<「毎日新聞」大阪版6月11日>

九条の会が初の全国集会

 戦争放棄をうたう憲法9条の堅持を訴える市民らでつくる「九条の会」が10日、2周年を迎え、東京都新宿区の日本青年館で初の全国交流集会を開いた=写真。運動は全都道府県に広がりをみせており、約1500人が参加した集会では、地域や職種ごとの「九条の会」が5174に上っていることが報告された。呼びかけ人の一人で、評論家の加藤周一さんは「改憲勢力は議会の多数派だが、国民多数の支持は得ていない。想像力を働かせ、9条を守るために何ができるか考えたい」と訴えた。評論家の鶴見俊輔さんは「私はもうろくした老人だが、戦争を起こす文明に対して『もうろく人』として反対していきたい」とユーモアを交えて語り、会場を沸かせた。

 また、作家の小田実さんは「資源もなく、食糧自給率の低い日本は、自衛できない。国を守るためには、戦争のない世界をつくるという理想こそが現実的で、その土台にあるのが平和憲法だ」と呼びかけた。【青島顕】

<「朝日新聞」6月11日>

九条の会が全国集会

 戦争放棄を定めた憲法9条を守ろうと結成された[九条の会]初の全国交流集会が10日、都内で聞かれた。各地での活動内容が発表され、改憲反対で力を合わせることを確認した。会は04年6月、作家の大江健三郎氏ら9人の呼び掛けで発足。集会には全国から約1500人が参加した。

<「神奈川新聞」6月11日>

「九条の会」2周年全国交流集会

運動広がり1500人参加
横須賀 原子力空母問題も報告

 憲法九条堅持を訴え、作家の大江健三郎さん、評論家の加藤周一さんら九人でつくった「九条の会」が十日、二周年を迎え、各地で生まれた「九条の会」を集めた初の全国交流集会を都内で開いた。神奈川の百十人を含め約千五百人が参加。加藤さんが「九条を中心に日本は戦争と平和の分かれ道に差しかかっている」と連帯を訴えたほか、「横須賀市民九条の会」の岸牧子さんが、原子力空母問題に揺れる横須賀での活動を報告した。
 大江さんたちに呼応して生まれた各地各分野の九条の会は、同日までに神奈川の二百四十五団体を含め五千百七十四団体(準備段階含む)。集会には、全都道府県から約九百団体の代表が参加した。運動の広がりに加藤さんは「日本で唯一、世界でも珍しい地方分権組織。活動は上り坂にある。(改憲の動きに)勝てる可能性がある」と強調。大江さんも「独立した多様な声の重なりが結実した」と述べた。
 また、作家の小田実さんは「自衛隊を自衛軍にしたら歯止めは利かなくなり大変なことになる。もっとも理想的であることが、もっとも現実的だ」と九条擁護の意義を訴えた。
 大江さんたちのあいさつに続き、神奈川、新潟、千葉、沖縄、大阪からの報告も行われた。横須賀の岸さんは「基地の街、小泉純一郎首相の地元だからこそ、九条を守る運動をぜひ広げたい。原子力空母問題も安全面だけでなく、横須賀が米軍の出撃拠点になっていることが問題。岩国など基地を抱える地域の会と交流を深めたい」と呼び掛けた。新潟の「九条を守る阿賀野の会」の川上寿造さんは「元町村長、元教育長らがこぞって中心メンバーになり、生き生きと活動している」などと報告した。

 参加者は全体集会後、十一の分散会に分かれ交流し、活動のノウハウなどを交換していた。 (熊谷和夫)

<「神戸新聞」6月11日>

「九条の会」2周年、東京都内で集会

 憲法九条を守り改憲を阻止しようと、作家の大江健三郎氏や小田実氏、評論家の加藤周ー氏らの呼びかけで発足した「九条の会」の全国交流集会が10日、東京都内で開かれた。結成から丸2年を記念した集会で、全国各地にできた「九条の会」から約1500人が参加。互いの取り組みを報告し、連携や活動を広げる方策などを話し合った。

 全体会では加藤氏が「日本は九条を中心'に、戦争と平和の分かれ道に立っている」と指摘。与党を中心とする改憲の動きには「国民の支持がないことが弱点」と述べた。
 小田実は最近の改憲論について「『自衛隊を軍隊と認めることで軍国主義に歯止めをかける』というが、夢想的だ」と批判。「石油がなく、食糧自給率が40%という国が戦争をできるのか。理想に徹することが一番現実的だ」と訴えた。

 九条の会は現在、全国に5174団体あり、兵庫県内では163団体が結成されている。大江氏は会の広がりについて「独立した多様な声が重なり合う場所として、憲法擁護のために大きく結実している」と評した。(足立聡)

 

<「共同通信」配信記事>
以下の各誌が掲載  静岡新聞、日刊県民福井、熊本日日新聞、中国新聞、徳島新聞、河北新聞、京都新聞、秋田魁新聞、福島民友社、山陰中央新報、東奥日報、山陽新聞、四国新聞

「東京新聞」6月25日「社説」>

憲法をポケットに 週のはじめに考える
 飾っておくだけでは役に立ちません。まして仕舞い込んではないも同然です。いつも持ち歩いて、絶えず意識し、現実と照合する。それが憲法を生かします。

  ……………………………………………………………………………………

 憲法改正の国民投票法案、教育基本法改正案、防衛庁を省に昇格する法案…白本の将来を暗示する宿題を残して通常国会が閉会しました。ポスト小泉レースの結果によっては、三法案の先にある「憲法改正」が一層現実味を帯びてくるでしょう。
 そんな折、米連邦議会の重鎮ロバート・バード上院議員(民主党)の在職が一万七千三百二十七日を超え、歴代最長記録を更新しました。合衆国憲法の写しをいつもポケットに携帯し、イラク戦争に反対したリベラリストです。

   いつも持ち歩き読む

 憲法の重さを身をもって知り、大切にしていた世代が次々引退している日本の現状と、つい照らし合わせてしまいます。  宮沢喜一元首相は、国会を離れてからも尻ポケットの手帳に日本国憲法が印刷された紙を挟んでいます。時々、取り出して読みます。宮沢さんの番組をつくったテレビプロデューサーが「新・調査情報」59号誌上で披露したエピソードです。  「この憲法についてはあまりよく知らないからです」「明治憲法は学校でさんざん習ったのです。でも、新憲法は学校で習ったことがないのでいつも持ち歩いています」  この言い方はシャイな宮沢さんらしい謙遜で、本当は「常に憲法を意識する」姿勢の表れでしょう。  宮沢さんの覚悟を知ると小泉純一郎首相をすぐ連想します。
 憲法解釈は「常識で考えろ」で押し通し、「どこが非戦闘地域で、どこが戦闘地域か、私に分かるわけがない」と開き直ってイラクに自衛隊を送り出しました。戦争指導者も祭られている靖国神社に首相が参拝することで心に痛みを感じる人には目もくれません。

  香りが漂ってこない

こんな首相が日常的に憲法を読み返しているとは思えません。 かつて日本による中国支配で重要な役割を担った人物を祖父に持ち、国際的なタカ派路線が評価されている安倍晋三内閣官房長官、中国や朝鮮半島の日本支配を肯定するかのような発言をした麻生太郎外相など、小泉後継の候補といわれる人たちの周辺からも“平和憲法の香りは漂ってきません。
 戦前からのエリートの血筋を受け継いだり、選挙地盤や財産を祖父、父から譲り受けた二世、三世の政治家、そうでなければ政治家養成学校で観念的な政治教育を受け、下積み の苦労を知らない苦手議員たち…この国の政治権力は与野党を問わずこんな人たちの手中にあります。  共通点は「戦場に送られるかもしれない」という被統治者の不安に対する想像力の欠如です。「自分は死なない」という気楽さからか、国際政治や軍事をゲーム感覚で語ったりします。
 戦後六十年、日本人が生き方を洗い直すために掲げてきた、憲法とぃう旗印が降ろされようとしています。多くの国民がそれを許そうとしいるようにも見えます。

 テポドン、靖国をめぐる中韓両国との対立、石油を中心とする資源争奪戦などの現実を前にして、平和だけでは日本人の生活を守れない、平和を支える軍事力が必要、との意識が国民の間に育ちつつあります。

 しかし、その意識の裏に、流血や人の死と無関係な軍事力があるかのような錯覚がないでしょうか。六十年余も戦争に巻き込まれず戦死者ゼロという事実が、軍事力頼りに対する警戒感を弱めました。
 日本では反戦平和論の多くが「悲惨な体験を繰り返したくない」と被害者の視点と文脈で語られます。その積み重ねが、「自分たちは負けない」「悲惨さが見えない」戦争、つまり日本から遠い地域での武力衝突に対する感受性を、いつの問にか鈍らせたようにも思えます。
 改憲に積極的な論者はそこをついて一国平和主義と批判し、国際平和維持のために軍事的に貢献する必要性を強調します。でも、その人たちが、ともすれば犠牲者の出ることの想定抜きで軍事や戦争を語りがちなのも事実です。
 日本国憲法を読めば、決して一国平和主義ではなく、非軍事的貢献で世界平和を構築することが日本の責務であると理解できます。
 その責任を果たせずにいるのは、日本人が憲法を棚に飾るだけで、使いこなせなかったからでしょう。自民党政治による憲法棚上げを防げなかったのも同じ理由です。

  総括のリトマス紙に

米国の一極支配をサポートし、自衛隊と米軍の事実上の一体化をこのまま進めるのか、それとも憲法の原点に戻って自立、自律の国際協調路線を目指すのか。これから秋にかけて小泉政治を総括し、ポスト小泉を大きな転機にしたいものです。れて肌身離さず携帯し、折に触れ読み返せば総括のリトマス試験紙になります。


カナダ・バンクーバーで開催された「世界平和フォーラム」の報告

                      バンクーバー九条の会 乗松聡子

 6月23日から28日まで、カナダ・バンクーバーにて「世界平和フォーラム」が開催され、全世界から、また地元カナダから、5000人以上の参加者を集めました。平和の文化構築、持続性可能な世界の確立といったテーマを軸に、核兵器廃絶、劣化ウラン問題、人種差別撤廃、平和教育、先住民問題、宇宙の軍縮、また、アジア、アフリカ、中東、ラテンアメリカ等の地域別会議も行なわれました。全世界の第一線の国際関係、軍縮問題の専門家、平和運動家の話を聞く機会というのもあり、参加者たちにとっては連日どの会議に出たらいいのかというのが一番の難しい問題でありました。フォーラムは会議だけではなく、演劇やコンサート、映画祭や展覧会といった文化プログラムも多彩であり、24日に行われたピースウオークには一万人という規模でフォーラム参加者とバンクーバー市民 が集まり暴力のない世界を訴えました。また、フォーラム期間だけでなく、6月を通して各地で記念イベントが行なわれ、その一つには、市内で行なわれた「原爆展」−広島市、長崎市、平和フォーラム主催によるものがありました。また、ピースボートをはじめ、この大会にはたくさんの日本の団体、個人が参加し、バンクーバー九条の会が把握するだけでも200名以上の参加があったようです。

 世界平和フォーラムの公式ウエブサイト http://worldpeaceforum.ca です。

 日本国外で初めての九条の会であろうと言われるバンクーバー九条の会は、この大会において、日本国憲法九条の意義とその国際的価値について世界に発信することに多くの貢献をしたと言えるでしょう。多くの日本人参加者から聞いた声は、大会開催の地バンクーバーに九条の会があったということに驚き、そのことを非常に喜び、勇気を与えられたという有り難いものでした。  バンクーバー九条の会が世界平和フォーラムで主催・共催したプログラムをご紹介致します。まずは、芸術文化プログラムの一環として行われた井上ひさし作・ロジャー・パルバース訳「父と暮せば The Face of Jizo 」の朗読上演および被爆者の証言、原爆展の展示というイベントを6月25日にバンクーバー市内の劇場で行ないました。この劇はご存知の方も多いと思いますが、広島原爆の後3年、生き残ったことに苦しみながら生きる娘のもとに、恋の応援団長として死んだ父親が現れるという筋書きで、日本ではこまつ座により1994年から内外で上演され、映画化もされた作品です。今回はこまつ座の協力を得、地元の実力派の日系俳優、原真奈美さんと金川弘敦さんがそれぞれ娘役、父親役として英語で心をこめて朗読しました。会場にはフォーラム参加者、カナダ人、地元日系人等100人以上が集まり、笑いあり涙ありの感動的な戯曲の朗読を聞きました。  このイベントをとりわけ意味深いものにしたのは被爆者の方々の存在でした。日本被団協代表の、岩佐幹三さんをはじめとする4人の代表団の方が会場にいらして、代表団のお一人、三宅信雄さんが、朗読の後舞台に上がられ、ご自身の被爆体験の証言をされました。被爆者の方々にいていただいたことで、このイベントを開催する者としては格別に身の引き締まる思いでありました。日本被団協からは、今回、コープいしかわご寄贈により、「原爆と人間展」のパネルをバンクーバー九条の会にいただき、早速この朗読劇の会場の外に展示しました。世界の人々は原爆について、その破壊力や死者の数などをデータで学ぶことはするでしょうが、実際に自分と同じような普通の市民がどのような悲痛な体験をしてきたかということがまだ充分に伝わっていないような気がしていました。このイベントの多数の参加者の感想を聞いたとき、核兵器の問題を自分の問題として認識してしいという主催者の願いが通じたということを確かに感じることができました。  この催しについて共同通信が報道した毎日新聞ウエブサイトの記事へのリンクは http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20060627k0000m040061000c.html


  次は、6月26日にブリティッシュコロンビア大学において開催された、ピースボート、原水協、原水禁、ハーグ平和アピール、被団協とバンクーバー九条の会6団体の共催による、九条の世界的意義を問う会議についての報告です。この会議のモデレータを務められたピースボートの川崎哲さんが詳細の報告をまとめられておりますのでそれを引用させていただきます。

<引用開始>――――――――――――――――――――――――――――――
  本日午後1〜4時、主会場であるブリティッシュコロンビア大学(UBC)の
Student Union Building 2階会議室にてワークショップ「日本国憲法9条−−平和のための人類共通の財産」が開催された。

 このワークショップは、ピースボート、ハーグ平和アピール、バンクーバー9条の会、原水協、原水禁、被団協の6団体による共催で、日本国際法律家協会、参与連帯(韓国)、平和ネットワーク(韓国)の3団体が後援した。  会場は約200名の参加者であふれかえった。カナダの地元や世界各国からのWPF参加者が約50名、原水協など日本からの代表団が約150名参加した。会場の熱気は、この問題に対する関心の強さを表した。国際的参加者を含むこれだけの参加者を得たことは、会議開催1週間前から現地入りして準備と事前宣伝にあたってきたピースボートスタッフにとっては、率直に言って喜びであった。WPFのワークショップは数えきれないほどあるため、一つのワークショップに多くの人を集めるのは容易ではないからである。9条ワークショップを伝える黄色いチラシは広い会場の至る所に配布・貼付されており、一見日本の国内問題に見える「9条問題」が世界的問題であるという確実な印象をWPF参加者に与えたといってよいだろう。  ワークショップでは、6人のパネリストが話した。非暴力平和隊の理事であり立命館大学教授の君島東彦氏は、9条の平和主義を国連憲章および国連システムを強化するものとしてとらえ、「グローバルな市民社会」が9条の平和主義を実現する行動主体になると語った。それとは反対に、9条改憲への動因となっている世界的な軍事化はグローバリゼーションと南北経済格差拡大と密接に関係していることを指摘した。  アメリカフレンズ奉仕委員会のジョセフ・ガーソン氏は、日米安保の歴史的展開を概観しながら、9条改憲への動きへの背景には米国の対アジア政策、とりわけ中国封じ込め政策があることを指摘した。そして、9条を守る日本の市民運動に対して力強い応援のメッセージを寄せた。  コスタリカ大学のロベルト・サモラ氏は、日本国憲法9条の「戦争の放棄」が国民の権利であるという点を強調し、国民の権利としての「平和権」の意義を訴えた。ロベルト氏自身がコスタリカ政府によるイラク戦争支援を憲法違反として最高裁判所に訴え勝訴したという経験をもつ。まさに「平和権」の行使を実践している25才青年の巧みなトークに会場には笑顔が広がり元気が生まれた。
 ハーグ平和アピール代表のコーラ・ワイズ氏は、同時間帯に開かれていた「女性と紛争予防−−安保理決議1325(平和のための女性の役割に関する決議)」を途中退席して駆けつけた。「WWWとは何の略語だか知っているか?」と問い、こう言った。「World Without War(戦争のない世界)よ」。戦争の廃絶を掲げた1999年ハーグ会議の実績を振り返りつつ、日本の9条は国連憲章第2条(4)項の発展であることを述べ、日本の運動を激励した。  バンクーバー9条の会の乗松聡子氏(UBC教員)は、世界でおそらく初めての「9条の会」(2005年6月発足、現在会員約100名)の意義を語りながら、具体的な活動を紹介した。地元大学教授による9条問題の講演会、ジャン・ユンカーマン監督「日本国憲法」上映会や子ども向けの会の様子を写真も用いて説明した。活動がバンクーバー在住日本人のみならず確実に広がっていることを紹介し、会場を勇気づけた。また、国会議長に宛てた9条擁護署名活動も会場内で展開した。  全労連副議長の西川征矢氏は、9条を守るための国民的運動強化の必要性を訴えた。
 パネリスト全員の熱のこもった語りにより、発言に予定の倍近くの時間がかかってしまい、会場との討論の時間がほとんどとれなかったことは残念であった。それでも、ブラジルから参加した女性が「ラテンアメリカでもっと広めてはどうか」という意見を出すなど、「9条を世界に広げる」一歩が確実に踏み出されたと言えるだろう。―――――――――――――――――――――――――――――<引用終了>

  ピースボートの川崎さんによるWPFの報告は、http://network.socialforum.jp/wpf2006/

で読むことができますのでこちらもこの報告と合わせてぜひご覧下さい。

 この催しについて「しんぶん赤旗」が報道したニュースへのリンクは、http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-06-28/2006062803_02_0.html

 バンクーバー九条の会が主催した最後のイベントとして、大会終了日の前日に市内の中華料理店で行なった、「日本プログラム関係者交流会」があります。これだけ多くの平和運動家や専門家の方々が集まる機会はなかなかないだろうということ、またバンクーバー九条の会の会員や地元市民と交流する機会を持ったらどうかということで企画しました。日本の参加者を全体的に把握している機関というのはなかったため、あらかじめ関係のあった諸団体にはメールで、あとは各会議やイベントの最中に日本人らしき人を見かけたらチラシを配り、あとは口伝えで伝わるという形で参加を募り、当日は予想を上回る200人余の参加を得、大盛況でありました。ピースボート、原水協、原水禁、国際法律家協会、新婦人の会、ピースデポ、諸労働組合、大学教授、地元の日本研究者、等、主催者側も把握しきれないほどの団体、個人の方々が来て、それぞれ自己紹介や、音楽のパフォーマンスをなさり、バンクーバーからも、浮田知義さんが味線と笛の演奏をしました。また、昨年亡くなられた、バンクーバー在住の広島の被爆者であり、このカナダの地で地道な平和運動を続けてこられたラスキー絹子さんの夫のデイビッド・ラスキーさんがゲストとして来られ、絹子さんの胸像を、広島の市立か国立の平和資料館に寄贈するお話を持っていかれる約束をして下さった、被団協の代表の方々に寄贈する式も交流会の場を借りて行ないました。
 また平和フォーラムの会議の話に戻りますが、6月25日には、ブリティッシュコロンビア大学で「アジア地域会議」が開かれました。これについては、バンクーバー九条の会の世話人の一人でもあり、このアジア地域会議の企画から開催まで中心メンバーとして貢献された鹿毛達雄さんのレポートを以下紹介致します。
<引用開始>―――――――――――――――――――――――

 世界平和フォーラムレポート − 撫順・憲法・南京事件

 当地の「世界平和フォーラム」は約5000人の参加があって、6月28日に盛況のうちに終了しました。フォーラムの一部をなす6月25日の「アジア地域会議」に400人の参加者があり、そのうち、日本からの反核、平和運動、平和憲法に関心を寄せる200人近い参加があったと理解しています。
 しばらく前から私は「撫順の奇蹟」を取り上げたら、と考えて、ベルリン在住の梶村太一郎氏などと相談してワークショップを企画し、その司会を務めました。会議準備委員会の一員としても遠来の講師との応対や通訳の手配などの仕事が山積していて、「撫順の奇蹟」ワークショップのためにおいでいただいた荒井信一氏、石川求氏、島田瑞穂さんなどとゆっくりお話しする機会がなかったのは残念でした。
 しかし、海外の人がほとんど知らない撫順戦犯管理所のこと、中帰連(中国帰還者連絡会)のことを紹介する機会が得られて幸いだったと思っています。ワークショップでは日本の関係者と協力して英語字幕を作成した撫順経験者のドキュメンタリーを上映、引き続いて、荒井氏の連合国の戦犯政策や日本人戦犯の引渡しの事情に付いてお話いただきました。国民党政府の政策も寛容なものとみなすことが出来るとの指摘があり、これは新知識でした。  石川氏には重層的な現象である「撫順の奇蹟」に関する総括的な意義を、「撫順の奇蹟を受け継ぐ会」の職員でもある島田さんには若い世代の参加による最近の活動をお話いただき、内容的にもバランスが取れた1時間の報告になったと思います。
  ワークショップの後半の1時間を費やして活発な質疑、討論が行われました。質疑の際、管理所の職員で父親が日本軍に殺された人の話については、当地の大學で日本史を教えたことがある出席者から、それが中国側の宣伝でないなら、その根拠となる資料は何かについて質問がありました。この点については荒井信一氏から、写真家の新井利男氏の貢献について説明がありました。中国側は史料の公開について厳しい制限をしていること、しかし中国の歴史家たちはその制限をすり抜けて新史料の発見に努めていることなどの説明もありました。
 別の出席者からは、対立の克服や和解の達成についての先例としての「撫順の奇蹟」の意義は何か、第三者、例えば、UNの仲介といったことが考えられるか、という質問もあり、チリー、インドネシア、南アフリカの経験にも言及された回答がありました。石川氏は「撫順の奇蹟」が冷戦体制の落し子であること、もしもサンフランシスコ講和条約に中国が参加していたら起こりえなかったことなどを指摘されました。  また、中国系の出席者は最後の皇帝溥儀も撫順の経験者であることに言及しながら、日中の歴史的な関係、中国の伝統的な哲学などを配慮して撫順の奇蹟を理解すべきことを指摘しました。

 その他に日本の若者たちの関心や、中帰連メンバーの中国人戦争被害者の裁判への貢献、戦争責任の政治的な解決と法的解決との関係など、様々な問題が話題になり、充実した話し合いになったと思います。

 今回のワークショップで印象深かったのは、「撫順の奇蹟」と呼ばれている現象は、1)中国の指導者の政策に従って、戦犯管理所の職員が日本人戦犯を人道的に取り扱った寛大政策、2)日本人戦犯の認罪と更生のプロセス、3.帰国後の元軍人たちの証言や日中友好のための活動、4.若い世代による伝統を受け継ぐ活動と様々な側面を持つものであるということです。そして、荒井、石川両氏が指摘されたように、第二次大戦後の国際政治の歴史的なコンテクスト、とくに中国の伝統、冷戦体制や単独講和などを念頭において、このユニークな事件を理解しなければならない、ということも痛感させられました。

 今回の「世界平和フォーラム」全般に関して付言すれば、日本の平和憲法に高い関心が寄せられたと思います。ピースボートの川崎哲氏が司会された9条ワークショップには「バンクーバー9条の会」から乗松聡子さんが参加し、グラスルーツの運動の経験を披露。さらに、アジア地域会議の全体会議でも立命館大學の君島東彦氏やピースデポの梅林宏道氏が平和憲法を様々な角度から検討されています。   

 「世界平和フォーラム」の総括の文書の中に、「日本の9条の例に見られるような戦争放棄を憲法の中に盛り込んでほしい」という各国の政府に向けての要望が加えられています。これはフォーラムに参加された内外の多くの方々の多大な関心と努力の成果だとうれしく思っています。  会議に日本から参加された弁護士の尾山宏氏は来年が南京事件の70周年にあたるので、この問題を含めた国際シンポジウムを日本だけではなく、北米、アジア、ヨーロッパで開催しようという企画について説明されました。同氏は家永教科書裁判や一連の中国人戦争被害者訴訟の指導的な弁護士です。

 撫順、第9条、南京事件などの問題に共通するもの、一本の線につなぐものは何なのかと考えているうちに、中国の表現、「前事不忘、後事之師」(過去を忘れず未来への教訓とする)を思い出しました。私たちは共通の記憶を確かめ、歴史から学んだものを現在に生かし、未来に繋げていかなければならないと改めて感じています。私たちにはこれからも取り組まなければならないことが多々ありそうです。  

   鹿毛達雄(在バンクーバー)記す」――――――――――――――――――――<引用終了>

 鹿毛さんが上で触れられているように、「世界平和フォーラム」の総括文書、「バンクーバー平和アピール2006」には日本の憲法九条が手本として明記されています。この文書の全文は、フォーラムのウエブサイトで見ることができます。http://www.worldpeaceforum.ca/ また、この文書をピースボートが日本語訳しております。http://network.socialforum.jp/wpf2006/

 フォーラム最終日の28日は、朝、バンクーバーにピースボートが寄港し、日中船上にて、ダグラス・ロウチ・カナダ上院議員(中堅国家構想(MPI)議長)を招いたパネルディスカッションや、ピースボートの活動紹介イベントが行なわれました。夕方の閉会式では、ピースボートの乗客である若い人たちのパフォーマンスで、「ソーラン節」や、沖縄音楽などが披露されました。最後は閉会式が行なわれたバンクーバー美術館からピースボートまで平和行進、最後は夜11時すぎに、船の出港を見送るという感動的な平和フォーラムの閉幕でした。ピースボートのイベントに参加して驚いたことは中心となって運営している人たちがほとんど20代−30代くらいに見え、若い力に満ち溢れているということでした。地球の将来により希望と勇気が持てた一日でした。
 またこの日には、ちょうど小泉首相がカナダを訪問していたということもあり、バンクーバー総領事館前で、日本からの平和フォーラム参加者や、地元の平和運動家ら約50人があつまり、小泉首相宛てに、九条改変反対と、靖国神社参拝中止を求める手紙を提出し、マスコミ10社ほどからの取材を受けたとのことです。
 最後に改めて、バンクーバー九条の会の紹介をさせていただきます。当会は、日本の九条の会が発足した2004年7月ごろから準備が進められ、2005年5月には加藤周一先生を迎え記念講演をしていただく機会に恵まれ、同年6月に正式に発足致しました。発足一年で現在、会員100名を超え、そのうち3割ほどは日系人以外であり、他民族都市バンクーバーらしい構成となっております。世代的にも20代から80代までと多彩で、男女比は、3対7と、女性の方が多い構成です。運営は12人の世話人とイベントごとのボランティアによって進められています。九条を守るための国会に宛てた署名運動を2005年11月から行なっており、このフォーラムが終わった時点で2500を超える署名を集めることができました。
 バンクーバー九条の会の通常の活動は、この署名運動に加え、映画上映会や勉強会の開催が主となっております。日本の九条の会が製作された「NINEー憲法九条は訴える」の上映会も各地で催し、かなりの会員獲得をすることができました。また、ジャン・ユンカーマン監督の「映画日本国憲法」の英語版の上映権つきのビデオを購入し、大学等での上映と専門家を招いたディスカッションを繰り返し行い、また多くの会員を得ました。また、小さい子を持つ母親は通常のイベントには来られないため、会員のボランティアが自宅を開放し、母親のための上映会、学生のための上映会等を地道に行い、女性と若者に積極的に関与してもらうことに成功しております。母親たちが映画鑑賞や話し合いをしている間に、幼児教育経験者が子供たちに平和教育の絵本を読み聞かせるなど、将来の世代の平和的感覚の育成も意欲的に行なっております。
 バンクーバー九条の会は、今後、日本国外の団体でありながらここまで活発に活動してきた経験を踏まえ、地元での活動を大事にしながら、この動きを他の都市、世界に広めようという意気込みで今後の活動をしていこうと思っています。特に、女性、若者、子供たちを勇気付け(もちろん男性も!)、この運動の大きな力としていこうと思っています。
 バンクーバー九条の会へのご連絡は、info@vsa9.com までどうぞ。ウエブサイトwww.vsa9.comも今「建設中」です。日本の皆さんもがんばってください!

         (引用部分以外の文責:バンクーバー九条の会 乗松聡子)